忙しくて
更新できね〜!
今年は、週一UPが目標です。
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エスカルゴ。
フランス料理で食べる蝸牛は、蝸牛の幼生なんだ。
偶蹄目マイマイ科サイゼリヤ亜科。
成虫は体長2メートル、体重は150㎏にもなります。
彼等はとても寒がりで、冬は牛舎に並びネロネロとふてくされて過ごしてます。この季節になると、牧場に放たれ、待ってましたとばかり、草原を元気一杯に駆け回ってます。
駆け回るって言っても、ご存知の通り足がないんで、「駆け滑る」っていう感じです。新緑の草原が分泌液にまみれ、テカテカに固まってます。
磨き上げられた鏡のような草原が、春の日差しに輝くのは、ここ三重県松坂市の風物詩。
この状態の牧草地は、緑色のスケートリンクみたいなもんで、気を抜くと足を滑らせ転んじまうので、牧場に踏みいるには注意が必要だ。しかし、彼らの分泌する粘液には、ほのかな甘い香りがし、こいつがクセモノ。
昔から、ある種の人間、そう、16歳位から成人までの年頃の処女に対して、強い催淫効果があるといわれています。昔は、うら若き乙女が、この香りに誘われ牧草地に迷い込み、斜面を滑落して命を落とすという、痛ましい事故が数年に一度はあったとのこと。
でも、最近は初体験の低年齢化によって、もうほとんどこうした事故は起こることはなくなったようです。
青空の下、草原の片隅にある木陰で、人目を忍ぶように仲むつまじく生殖に励んでいるものいる。
「春だな~」とおもいつつ、微笑んでいたんだが、こいつらが雌雄同体だっつうことを思い出し、なんだか、変な気持ちになってきた。しかも奴らは、交尾はするのだが、その交尾が変わっている。「精莢」なるものを、直接相手の体内に渡してしまう。人間でいうと、キンタマごと相手の体内に置いて行くようなもんだ。
なんか、スゲーことしてる。
晴れやかな 春の牧場で 独りキンタマをさする (字余り)
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俺の事を最もよく知る、大切な人から、そんな評価を下された。たぶん俺自身より俺の事をよく知っている人だから、この評価は正しいのだろう。
何かを判断する時、俺は臆病なチキン野郎だから、グズグズしちまう。自身で浅学不才を痛いほど認識しているので、自分なりに色々思索し、リスクやメリット、そしてその判断の影響や、何となく大切にしてる己の信義則との整合性を考え続ける。
ああでもない、こうでもない…
んで、なかなか決められない。「もういい加減にせ!」って呆れられるぐらいゴニョゴニョ悩む。(苦笑)
ただ、そのプロセスを経た後、一度決めちまったら、とことん頑固で、何を言っても翻意しないらしい。その頑固さ、「頑迷」と映るのだろう。
このスタイルっつうか、性質は、仕事とかには割と適すんだと思う。でも、人間関係において、誰かに対して誠実にある事とは、同義にはならないんだね。
何故なら時間軸によって、その人に求められる誠実な対応てのは、どんどん変わっていくから。
誠実にあろうと考えている時間そのものが、人を傷つけちまう。
タイミングと勢いも必要なんだろう。たとえその判断が間違っていても。
また一つ自分の事を教えてもらった。
人からの評価によって自分の姿が形成されていく。「アイデンティティー」とかいうけど、自分だけで形成させるもんじゃないし、そもそも自立して存在させられるもんじゃない。
実際は切り絵の空白部分みたいなもんで、ないしは、チクワの穴みたいなもんじゃないのか。
もしこの世に自分独りだけなら、アイデンティティーって概念さえ存在しえないのだろう。
また、歪なチクワの穴が、少し整えられたのかもしれない。
さて、頑迷な俺はルビコン川に足を踏み入れたのだ。
もう渡るしかねえな。
水は、まだまだ冷たいゾ!
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友達の日記で紹介されてたもんで、アマゾンでお取り寄せ。本当に久しぶりだ。最後に揃えた漫画は、『沈黙の艦隊』だったはず…。(笑)
どんな漫画かっつうと、タイトル通りで、アラフォー作者の自伝的なマンガなんだけど、巻末にある作者のポエムを紹介した方がよく雰囲気が伝わるかな。
ついつい主人公に自己投影して読んでしまうマンガだ。
就職活動の面接で言われた言葉。
『やりたい仕事、やれる仕事、やらなきゃならない仕事。』
この歳になってもまだ整理できてない。相当自由に生きてるつもりなんだけど。
(以下、巻末ポエムより)
『俺、元気です。』
もう転びすぎてヒザがボロボロです
でも転びかたは悪くないと思います
変わったあだなで呼ばれてます
人気があるんだと思います
まったく友達が出来ません
みんなえんりょしてるんだと思います
ふるえるくらい怒られます
みこみがあるんだと思います
カガミに知らない人が映ってます
たぶんいいヤツなんだと思います
首から左腕にしびれを感じます
いちじ的なものだと思います
俺は大丈夫です
家賃はきちんと納めてます
野菜もちゃんと食べてます
なるたけ笑ってやってます
こんなに大きくなりました
お母さん産んでくれてありがとう
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単行本はかさ張るし、高いのでなるべく買わないようにしている。
しかし文庫本といえども、冊数が増えると、かなり場所を占める。だんだんと収納に困るようになってきた。
んで文庫本用のダンボールを購入。これならキッチリ積め込んで押入れに入れれば場所をとらない。
原則、本は売らない主義である。本は脳の外部記憶装置のような気がするんだよね。本を手放すのは、脳を切り取るようなもんだと思っちゃったり…。
実のところ、文庫本なんて小説が中心なんで、まず読み返す事はないんだけどさ。
漫画本もマンガ喫茶で読むようにし、自分では買わないようにしてる。雑誌は読み終わったら、即捨てるように心がけている。
購読していた月刊ニュートンは、以前、泣く泣く捨てたのだが、あれだけは例外にしとけば良かったかも。かなり後悔してる。
その他の本については、ある程度、冊数が溜まったら、まとめて実家に送っていた。しかし両親が歳をとって、ギッシリ本を詰め込んだ重いダンボールを送りつけるのは、体力的にちょっと可哀想なんで止めた。
従って最近はもっぱら部屋に溜まる一方だ。
書斎が欲しい。さりとて今の給料、都内の家賃相場では贅沢な望み。
書斎のある生活。
好きな本を、好きなだけ買って、一日、二時間位は読書に時間を割けて、キチンと本棚に並べて、泡盛でも舐めながら、書架を眺めて、眠くなったらソファーに横になって、微睡んだら布団に潜り込んで、8時間は眠る…。
景気対策に『書斎補助金』なんてどうだろう。
旦那に書斎があれば、夫婦ゲンカも少なくなり、離婚率も下がり、少子化にも歯止めがかかるんじゃないかな。
ついでに、「未曾有」を読めないバカも少なくなる。
使いきれない大金はいらないし、ブランドに囲まれた成金暮らしも望んでいない。
自身では、ほんのささやかな夢のつもりなんだが、実現させるには、もう少し頑張って走り回らにゃならんみたいだ。
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なんかメッサつらいぞ…。
やっぱり春は嫌いだ。いや、たった今から本気で嫌いになった!
早く夏にならんかなぁ。南の島に行きたいぞ。この際、冬でもいいや。シベリアでもいい。
とりあえず、今すぐ東京の春から逃れたい。この季節の中途半端さが、ジリジリと苛むのよ。
『汎』って何?って方は、グレッグ・イーガンの「万物理論」をどうぞ。貝ではないです。
ガッツリハードSFなんで、誰にでもお勧めできる本ではないです。科学嫌いの方は、多分、一割方も楽しめないので、決して読まないで下さい。
あ゛〜!
う゛〜!
い゛〜〜っ!
さて。セレトニンパッチも無いし、ひとっ走り行ってくるか…。
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モコモコと満開です。
池尻大橋なんて、普段は非常に乗降客数が少ないのに、駅の改札で待ち合わせしているカップルが目につきます。
実は個人的には、桜はそれほど思い入れが無かったりする。
札幌に桜前線が到来するのは、ちょうどゴールデンウィークの頃。
「春=桜」 って刷り込みがあまりないからなのかもしれない。
また「桜=戦争」みたいなセンチメンタルな空気も苦手だったりする。
桜のピンクは、どうも騒々しすぎる。北国の静謐な自然の中では、浮き立ってしまっているのだ。
俺にとって春の花は、辛夷(こぶし)だ。
北国の厳しい冬を、細い毛に包まれた蕾で堪え忍び、寒々しいモノトーンの林に一木だけ、純白の花を咲かす。辛夷の花を見る度に、寒さの残る春に背筋がシャンとした。
桜が気分を高揚させるのに対し、辛夷は凛とした気分にさせる花だ。背景にとけ込まない、流されない、辛夷にはそんな強さがあると思う。
ソメイヨシノは自力で受精し、種をつくり、子孫を残すことが(ほとんど)できない木である。
そのため、現在目にする殆どのソメイヨシノは、人工的に接ぎ木で増やされたものだといわれている。つまり、み~んな、兄弟。なんか不自然なんだよね。
一方、辛夷は木蓮の仲間で、1億年以上まえから自生していると言われていて、木のシラーカンスみたいなもの。種としての力強さが違うのだ。
実家の部屋から見えた、向かいの山の辛夷の木はまだあるのだろうか?
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